って江戸時代から使われていたらしい。 (ネタ元は NHK ?)
というわけで今年もよろしくお願いします。
実家に帰ったら甥・銘が HG に毒されていた。 勘弁してくれ!
ってのがあるらしい。(某所から)
Wanderlust が内部で使う SEMI/pgg がよいらしい。 って私は vi の人なのであんまり関係ないけど, 一応覚え書き。
ってゆーか, 大きな変化が起こっているときは1年というタイムスケールが凄く中途半端に見えてしまうということなのか。
おかげでマスコミ系ニュースサイトのその手の記事は全部スルーしてしまった。 自分で書く気も起こらない。 一昨年はやったのに。 半年とか四半期とか, さもなければもっとマクロに2年とか5年とかいうのならしっくりくるんだけど, なんでだろ。
やっと巡回が終わった。 更新しなかった期間のアクセスが20〜40代に落ち込むのが面白かった。
予告として 「構造計算ASPというのはどうだろうか?」についてのコメントを明日書いてみたいと思います。 (とでも書いておかないと忘れそう)
実家に帰ってもうひとつ驚きだったのが卵かけご飯専用調味料「おたまはん」。 (地元の人以外でも「吉田ふるさと村へようこそ」で買える)
基本的には醤油をベースに味醂やだしで風味を加えたものなのだが, これがめっさ美味い。 広島に買って帰ろうかと思ったが近所のスーパーでは品切れ状態だった。 凄いぞ! もちろん卵かけご飯以外にも使える。 実家では海鮮丼にかけていただいた。 魚介類と相性がよさそうなのでお刺身とか握り寿司とかにもいいかも。
ちなみに私は自宅では牡蠣醤油の愛用者である。 旨味が濃いので普通の醤油の半分以下の量で済むのが(減塩生活者にとっては)魅力。 卵かけご飯なら牡蠣醤油をほんの一滴たらすだけでうまうまー。
ぶはは, すっげー! もうこの世界で「逃げ場」などどこにもないってか。
ツッコミで以下の記事を紹介していただいた。 ありがとうございます。
私の拙い文章で「検査機関が再計算して検証すべき、ということを述べているように思われる」というところまで看破されたのはさすがです。 ただ私としてはその点を明示しなかったのは自信がなかったからで, 自信がない理由としては(私が建築業界に詳しくないという点ももちろんあるが)今のままではどんな過激な方法を使っても結果が「正しい」ことを保証できないのではないかと思ったからです。 本当は Weblog の記事として書いてちゃんとトラックバックを送るべきとは思いますが, 私の自信のなさ故にここに「戯れ言」として書いておくにとどめます。
まず, 話を単純にするために登場人物をモデル化してみよう。 今回の件で登場するのは「発注者」と「受注者」と「監査者」と「消費者」の4人だ。 もちろん実際にはこんなに単純ではなく「発注者」と「受注者」との関係でさえも多重化しているが, ここではそれを全部省いて考えてみる。
まず, ある物件(プロジェクト)に対して「発注者」が「受注者」に発注をかける。 「受注者」は発注内容に基づいて設計と実装を行う。 設計と実装の各段階では「発注者」と「監査者」による監査が入る。 この監査によってミスや手抜きをチェックする。 こうして完成した物件を「消費者」が購入する。 ここで注意しないといけないのは, 「消費者」からは「発注者」と「受注者」と「監査者」が現前として見えないことである。 しかも「消費者」がチェックするのはロケーションや間取りや使い勝手といったもので, 内部構造までは見ないし見えない。
では「消費者」は何によってその物件の設計や実装が「正しい」と判断しているのか。 それは各物件に添えられた資料で判断するしかない。 そしてそれらの資料の正しさを担保するのは巨大な許認可システムである。 「消費者」は「発注者」と「受注者」と「監査者」との間に許認可システムをベースにした「信頼に基づいた緊張関係」があることを暗黙的に了解した上で提示された物件と添付資料を信頼するのだ, ということができる。 今回の偽装問題が深刻なのは, 「消費者」が暗黙的に了解していた「信頼に基づいた緊張関係」が嘘っぱちで実は「信頼なき癒着関係」であったことが暴露されてしまったことであり, その暴露によって巨大な「リスク不安」が発生しつつあることである。 例えば早くも
なんてな記事も出てくるわけだ。 実は似たような事例は日本ではいくつも見ることができる。 最近では BSE や鳥インフルエンザといった事例にも見られる。 今回の偽装問題は言わば「建築業界の BSE」であり, 一部の「アネハ物件」に留まらない。 どうして「アネハ物件」だけが正しくないと言えるのだろう。 他の建築士が同様の(あるいは別種の)偽装をしていないという根拠はどこにあるのだろう。 そうして生まれたリスク不安を解消するには, もはや「全頭検査」しかないとさえ思えるのだ。 従っていわゆる「アネハ物件」に限らず国内にある一定規模以上の建築物全てについて(どれだけのコストを要しようとも)耐震強度の再計算をすべきと考える。
しかし, ここでハタと考えてしまうのである。 もし仮に私のような過激派の意見が通って「建築物の全頭検査」が実施されるとして, その検査は誰が行い, その結果の正しさは何が担保してくれるのだろう。 既存の「監査者」は「信頼なき癒着関係」の一部を構成する者であって, 彼等の出す結果の正しさを担保するものは何もないのだ。
もちろん実際には「建築物の全頭検査」なんてのは他に選択肢がない状態での最悪の選択だ。 BSE の場合ですら全頭検査によって少なからぬ弊害を生んでいる(この辺は「BSE騒動の本質」を参照)。 そういう意味では 「構造計算ASPというのはどうだろうか?」 はなかなか面白いアイデアだと思う。 しかしこれも結局は「誰が行い何が正しさを担保するのか」という問題に帰着してしまう。 何故なら今回の偽装問題ではそういった信頼関係の根本が壊されてしまっているからだ。
故に対症療法ではなく本格的な改善を望むのなら, まず「発注者」と「受注者」と「監査者」との間に「信頼に基づいた緊張関係」を構築することが優先される。 「再発防止」に努めるのは当然として, 今後似たようなケースが発生しないよう「未然防止」の観点からも考える必要がある。 これは既存の許認可システムの改善も含むことになり, 1年やそこらではできないと思われる。 その上で 「構造計算ASPというのはどうだろうか?」 というアイデアは強力なツールになり得るかもしれない。
個人的には, 他に思いつくアイデアとして「セカンド・オピニオン制度」の導入や再計算よりも少ない手間で行う「検算システム」の構築などがある。 ただしこれらをやるためには設計の全て(過程も含めて)を「消費者」に対し公開する必要がある。 また技術的に可能かどうかも分からない。 だから「自信がない」のである。
ロージナ茶会公式BLOGができてると思ったら, 早速 「知的財産基本法の施行状況に対する意見募集」(200512.html#d18_t3)へのコメントが公開されていた。
あとでじっくり読もう。
今月号の日経サイエンスを見て気付いたのだが, ESA の Don Quijote mission で対象となる小惑星を2つにまで絞ったようだ。 最終的な決定は今年に行われる。 打ち上げは2011年。
ところで同じ号に「はやぶさ」の話題が載っている。 よくできた記事だと思う。 これを読むと本当に満身創痍だなって実感するよ。 本当に「帰ってこい,「はやぶさ」」。
っていうか2年計画を発表。 2008年春を目処にここを閉鎖します。
今のところ私が管理しているサイト・ディレクトリは, ここと @nifty のページと Vector のページと Baldanders.info の4箇所。 これを Baldanders.info に統合する。
といっても Vector のページは現在放置プレイ中なので, そのままプレイを継続。 @nifty のページは SETI@home 関連のコンテンツのみを移転して最終的には閉鎖。 ここは丸ごと移転して同じく最終的に閉鎖する。 本当はここを移転するつもりはなかったんだけど, 最近 spam やら色々と鬱陶しくてかなわんのでアカウント丸ごと破棄することに決めた。 やはり300通/日(しかも右肩上がり傾向)の spam は(フィルタリングツールを使っているとはいえ)人の扱える限界を超えてるよ。
参加しているメーリングリストも整理する。 メールアドレスは原則として非公開としメーリングリスト等でどうしても必要なものについては Google のアカウントを使う。 よく考えたら今時メールアドレスを公開する必要なんてないんだよね。 仕事用には別途アカウントをもらえるし, 友人とのやり取りならケータイで充分だし。
まぁ気長にやろう。
「[間歇日記] 世界Aの始末書」が cocolog でリニューアルしていた。
しかし, 昔アンテナで追いかけていたページが続々と cocolog に移転していくなぁ。 まぁ便利でよいけど。
告知したとおり, 「Baldanders.info/blog」を「戯れ言++」に移動した。 中身は同じ。
早速統合後のディレクトリ構成に悩んでいる。 思ったより面倒臭いな。 個人のコンテンツと(Club-HUAA のような)グループのコンテンツを分けたいのだが, 新たにドメインを取得するのはお金かかるし面倒だし... う〜ん。 あとアカウント名をメールアドレスにしているサービスが結構あってその扱いをどうするかも悩みどころ。
なんだけど, ライセンスはあくまで Creative Archive Licence なので注意。 CCPL ではない。 まぁ, 私も以前勘違いしてたから他人のことは言えないが。
結局毎年このフレーズが出てしまう。
今日はどうせ定期検査の日だし, だるいので会社も休む!
また裁判所は,将来何らかのデジタル著作権管理(DRM)機能を音楽CDに組み込む際,事前の詳細な検査と,販売時における消費者への説明をSony BMG社に求めた。
さすが, アメリカは徹底してるなぁ。 これは SONY BMG のみならず, 他のレーベルにとってもプレッシャーになる。 例えば, 日本で同じ事が起こったとしても日本の司法では絶対にこういう指示はできないんじゃないか。
まぁ, こういうのは良い面と悪い面があるんだけどねぇ。
よっしゃ! 明日から頑張るぞ!
来週の目玉は NASA の New Horizons と JAXA の ALOS。
New Horizons についてはブックマークを参考に。 ALOS の愛称は「だいち(DAICHI)」に決まったそうだ。 って打ち上げ前に発表したりして失敗したらどーすんだ? (確かに珍しい。自らプレッシャーをかけている?)
ITmedia の記事はダメダメなので(まぁ署名なしの記事で URL も書いてないような内容だし)上記リンクを是非参考に。 早速 pre-registration した。 どうなるかな, わくわく。
風邪引き中に思ったことをつらつらと。
最近「リスク不安」という言葉を良く使う(さらってみたら昨年 5/24 の記事が最初らしい)。 この言葉は中西準子さんの『環境リスク学』の中で出てくる言葉だ。 『環境リスク学』ではリスク(の大きさ)を3種類に分けている(p.185-186)。
科学的評価リスクとリスク不安の間には「感じ方」に大きな差があると言われている。 例えば吉川肇子さんの『リスクとつきあう』に一例が載っている(p.77)が, 専門家(科学的評価リスク)は自動車のリスクが(30項目中)1番で原子力発電は20番だ。 一方で一般の人(リスク不安)は男女とも原子力発電を1番に挙げている。 リスク不安が増大する理由として同じく『リスクとつきあう』では以下に示す11の理由を紹介(p.80,Bennet による研究)している。 (他にもリスク認知の話とかいろいろ紹介されているので『リスクとつきあう』は是非読んでほしい)
上記の11項目は環境リスクについてのものだが, これらを見て何となく感じないだろうか。 そう, そもそもコンピュータやシステムのセキュリティはリスク不安を増大させやすいのだ。 またセキュリティ・インシデントを隠すべきと考える人もいるようだが(「我々が不具合を報道するワケ」参照), 上記を見れば分かるように, 隠されたインシデントが暴露されたときのリスク不安は(ときに当事者達が思っている以上に)大きくなることを覚悟しておいたほうがいい。 (余談だが, 昨年末(最近さっぱり聞かなくなったが,みんな飽きたのか?)の耐震強度偽装の話もリスク不安を増大させる要因になっているのが分かるだろう)
コンピュータやシステムのセキュリティについてはもうひとつ問題がある。 科学的評価リスクが存在しないことだ。 科学的評価リスクというのは客観的な指標で定量的に表せなくてならないが, コンピュータやシステムのセキュリティにはそういったものがない。 これがコンピュータ科学の怠慢なのか(専門家は感覚的には分かっているのかもしれないが定量化できなければ意味がない)そもそも科学的評価が不可能なものなのかは分からないが, 科学的評価リスクが存在しないために意思決定のためのリスク(例えばセキュリティ・ベンダによるランク付けなど)はどうしてもリスク不安に引きずらがちだ。 あるいはリスク不安の性質を逆用してわざと煽るような広告をしているとしか思えないものまである。 例えば年明け早々の Windows 脆弱性に対する非公式パッチもリスク不安に駆られた結果の勇み足と見ることもできる。 しかもその勇み足自体がリスク不安を更に煽る要因となっている。 おかげで Microsoft は該当する脆弱性に対する正式パッチを1週間前倒しでリリースせざるを得なかった。(みんなもう適用しているよね)
上記と逆の意味で懸念するのは「IT 新改革戦略」とやらだ。 このようにコンピュータやシステムのセキュリティに対するリスク評価が不完全な状況で(しかもいまだに「追いつけ追い越せ」的な雰囲気が強い中で)「IT 新改革戦略」を進めてしまっては, (意思決定のための)リスクとリスク不安との乖離を広げてしまうのではないか。 その乖離を埋めるためのリスク・コミュニケーションをどう考えているのか。 今年もまたヤな年になりそうである。
面白そうなので注目しておこう。 次回は 1/20 だそうだ。
そういえば「圏外からのひとこと」の記事に「IPで儲けて!」と書かれていて一瞬ビックリしたが, IP って Intellectual Property じゃなくて Internet Protocol を指してるのかな。 ええい! 紛らわしい。
まぁどっちでも同じだろうけど。 今の「放送事業者さんたち」は知財の切り売りしかできないだろうし。
こりゃあええ! いや,職場ではまだまだ IE でしかうまく動かない Web アプリケーションも多いのよ。 プロセス管理ツールとかバグトラッキングツールとか。 サイト単位で使用するエンジンを設定して自動で切り替わるのも魅力。 「確認くん」で見てみたところ UA 名も変わるようだ。
エンジン切り替え可能な Web ブラウザのレポートもあったけど, やっぱ Lunascape はよさげ。 昔は使ってたんだけど Mozilla → Firefox と乗り換えちゃったからなぁ。 Sleipnir はなんであんなに人気があるのか分からない。 2.0 がリリースされて一度入れたことがあるんだけど, 起動直後にどうしていいか分からなくてそのまま削除してしまった。 まぁこういう文房具は人によって極端に好みが分かれるし。
「はやぶさ」のときは松浦晋也さんの blog がアツかったけど, 今回は TPS の blog がアツいぞ!
まぁ出るべくして出た問題というか... 別にヌードに限らないけどね。
これも「流動性」をとるか「多様性」をとるかという問題(どちらかを選べという命題ではないよ,念のため)に繋がっていくんだろうなぁ。 かつての「はてな」なら問答無用で削除しちゃうんだろうけど。 つっても「はてな」は実質的に国内限定のサービスだからな。 ある国にとっては許容できることでも別の国ではできないこともある。 またサーバの地理的条件によっても扱いが変わるだろうし。 Private に押し込めようとするだけまだマシなのかも。
しかしこの「管理者は神」的(実に日本的な「ムラ」指向)な発想はどうにかならんのか。
風邪を引いたくらいから妙に体がだるい。 昼間でもすぐ眠ってしまう。 ひょっとして夜熟睡できていないのだろうか。
やだなぁ。 とりあえず今日は早く寝る。
「Wikipediaを利用した詐欺が発生」なんてのも起こっているらしいが, 匿名性の問題について Bruce Schneier さんのコラムが公開されている。
「歴史的に説明責任は身元情報に結び付けられてきたが、そうしなければならない理由はない。」
というのは面白い指摘。
そういえば ised@glocom の議事録でも「帰責性」の話が出ていた。 その中で東浩紀さんの
「実際、IDタグで牛肉がトレーサブルになって、誰が責任者なのかがはっきりするのはいいんです。」
という発言があったがちょっと似ているかも。 ただし東浩紀さんのは最終的に「責任者」まで辿り着く(つまり説明責任を身元情報に結び付ける)ことを前提にしているようだけど。 そうではなくて, 単にあるICタグを付けた牛肉は NG とする解もあるわけだ。
個人的には消費者がスーパーマーケットの商品を生産者までトレースするような仕組みには懐疑的。 それってスーパーマーケット自身の責任をスルーして生産者に押し付けているだけだ。 商品を仕入れたのはスーパーマーケットなのだからその商品についての消費者に対する責任はあくまでもスーパーマーケットが負うべき。 その上でスーパーマーケットがその商品をトレースして最終的に生産者にペナルティを課すのはアリだと思うけど, それは必ずしも消費者に見せる必要はない。 流通からのペナルティに加え(リスク不安をつのらせた)消費者からも実質的なペナルティを課せられてしまうのはアンフェアだ。 「帰責性」を過剰に推し進めても, 結局は負いきれない責任をみんなでたらいまわしにする果てしない「鬼ごっこ」に終わるだけ。
すンごいぶっちゃけ話。 面白い。
「CCなどのライセンスは今後普及すると思うか?」はなかなか納得できる。 まぁ一種のインセンティブ論なんだろうけど, 悲観論よりは分かりやすいかな。 この辺の話を見ると昔書いた「陰影礼賛」についての話を思い出す。 「法」は街灯であり, その光はまさしく「力」なんだねぇ。 で, 日本の法は街灯というよりもランタンだと。
どひー。 それにしてもαシリーズをソニーに譲渡だと。 なんてガッカリなんだ。 なんだってソニーなんかに。 名機なのに名機なのに名機なのにぃ!
どうせならカシオのほうがよかった。
違うよ。 「Google Talkのための“連合”」でも「「Google Talk」普及に向けた"連盟"」でもない(いや, Google 側から見ればそうなんだろうけど)。 XMPP/Jabber の「連合」にようやく Google Talk も加わることができた, と言うべきだ。 IM サービスとしての Google Talk は決して高機能ではない。 唯一ボイスチャットのみが特徴と言えるだろうが, これも API とソースコードが公開された今となっては Google Talk の独壇場とは言えなくなるだろう。
しかし IM サービスとしての XMPP/Jabber の特徴は「サーバの分散化」にある。 「Yahoo!、MSNメッセンジャーの相互接続が意味すること」にもあるとおり, IM はユーザ規模は大きいがカネにならない。 しかしカネにならないのは IM の維持・管理をひとつのベンダで抱え込もうとするからだ。 Jabber ならサーバ間で透過的なコミュニケーションができる。 Google が独占的に管理しなくても既に世界にはたくさんの Jabber サーバが存在するのだ。 大事なことは「そこに接続できること」である。 接続できればいくらでもチャンスは生まれてくる。
とまぁ講釈はこのくらいにして, 早速手持ちのアカウントで自分の Google Talk のユーザ ID を roster に登録してみる。 クライアントは Psi。 全く問題なし。 次に Google Talk のアカウントで常設 Room の setiathome@conference.nantoka.kicks-ass.net に入ってみる。 おおおっ, 入れるじゃないか。 更に適当な名前で Room を作ってみる。 あおおおっ, 作れるじゃないか。 素晴らしい。 何ら問題なしだ。 Google Talk には Conference (Group Chat) 機能はないけど, クライアントを選べば他所のサーバで実現可能というわけだ。
というわけで充分堪能したので Google Talk は当分の間休眠します。 Jabber ID はもともと使ってた spiegel@nantoka.kicks-ass.net を使うことにします。 roster に登録してくださった方々には申し訳ないですが, よろしかったらこちらのほうに登録しなおしてください。 すみません。 なんで Google Talk のアカウントを使わないかというと, Google Talk の Jabber ID は Gmail のアドレスと同じなので公開するとアホのように spam が飛んでくるからです(まっ今更遅いけど)。 それにボイスチャットには興味ないし(ケータイで Skype やら Google Talk ができるというのなら別だけど)。
参考資料:
某行きつけの店で教えてもらった「愛の東京コール」。 呑んだくれの人には懐かしいフレーズがいっぱい。
いわゆる「ライブドア・ショック」は完全に「対岸の火事」で面白いっちゃあ面白い。
「許されざるマネックス証券」みたいな話もあるけど, そもそも livedoor みたいな会社に 80% もの担保を設定してる時点でダメダメだよなぁ。 まぁ過渡期ってことなんだろうねぇ。 こういうニュースを聞くにつけ日本がいかに後進国か思い知らされる。 ...ってな話を呑みながら。
昨夜チャットで「Skype の暗号化ってどうなってるの?」という話が出て, 「Skype security resource center」というページを教えてもらった。 この中の「Skype Security Evaluation」ってえのがそれにあたるっぽい。
まだ読み込んでないけどパッと見では AES 256bit と RSA のハイブリッドなのかな。 RC4 も使ってるって書いてあるなぁ。 署名には SHA-1 を使っているらしい。 PKI 部分がどうなってるかはもう少し読み込まないと分からない。 あと Man-in-the-Middle 攻撃とかパスワードの推測とか ASN1 攻撃とか有名どころについては一応評価があるみたい。 中身はこれから読むけど。
こういう文書こそ livedoor あたりで日本語化してくれればいいのに。 企業等で導入する際には絶対に必要なものなんだから。(それとも既にある?)
ちょっと,いやかなり食べてみたい。
バカウケ。
ここのところ Work Unit の供給が止まっていた LHC@home だが, 知らん間に再開していた模様。
嗚呼, これでまた SETI@home への貢献度が下がる。
久しぶりに Jabber 関連のサイトをまわっていたらいろいろ変わっていた。
Psi はドメインが変わっていて 0.10 が正式リリースされていた。 Pandion (旧 RhymBox)も 2.5 がリリースされている。 Psi ついては相変わらず Google Talk に接続するのに面倒な設定が必要だが, 新しい Pandion では不要になっていて, JID とパスワードを入れれば普通にサインインできる。
もともとユーザ・インタフェースや機能は Pandion の方が優れていたので(Conference Room の制御とかは Psi ではできない。 UI は好みの要素が大きいけど), さっくりとこちらに乗り換えることにする。
今起きた。 トホホ...
/.-J の記事は非道い。 基幹システムの怖さを何も分かっていない。 むしろシステムの更新を10日近く前倒しできた現場のエンジニアの方々に拍手したい。 (まぁそれでも「焼け石に水」っぽいけど)
仮に1990年代前半の日本で「21世紀初頭には約定処理件数が400万件を超える」などという予測を立てている人がいたとしたら, 私はむしろそのセンスのほうを疑う。 問題は1990年代と今では変化のスピードがまるで違うこと。 旧来のメインフレームやその設計は今のスピードに耐えられるように作られていないことだ。 「じゃあとっとと新しいシステムに切り替えろよ」と思う人もいるかもしれないが, メインフレームのシステムはそんなに簡単なものではない。 特に再構築の場合は古いシステムを残しながら徐々に切り替えなくてはならない (銀行系のシステムで統合や再構築に(大失態を起こした当時のみずほ銀行をはじめ)どこも苦労してるのは決してサボっているからではないのだ)。 で, その作業は既に行われているはずで, 行われているからこそ今回の事態にも前倒しで対応できたと見るべきだろう(そのせいで昨年のような事故がおきたとも言えるけど)。
最近思うのだが「10年使えるシステム」なんてものがこの世の中にあるのだろうか。 OS に関しては「Linux があるぢゃん」と言う人もいるかもしれない。 しかし10年前の Linux は完全に玩具で基幹どころかワークステーションとしても怪しい代物だった。 自分の趣味や好奇心を満たすためにやっている人は別として, 企業の中で業務としてシステムの開発・運用を行っている場合は4年も同じ部署にいれば長いほうである。 つまりあるシステムを長期に渡って運用したいならそれを管理する人の「新陳代謝」も視野に入れて「経営」しなくてはならない。 もっとも日本ではそれを怠ったから「2007年問題」などという訳の分からない事態に陥っているわけだが。
システムの運用は経営と同じ。 人もキカイも適切なタイミングで「新陳代謝」していかないと成り立たない。 そうそう, システムの場合は「どの時点で止めるか」という決断も大事。 そういう意味じゃ経営というより「人生」みたいなもんか?
いやぁ, キツいキツい。
ものが食べられなかったから胃の中も腸も空っぽで, う〇ちも水みたいなのが出るだけ(下品でゴメン)。 今朝おきて「今日,何日だっけ?」ってな感じ。 ようやく回復したけど今日も大事をとって休む。
ネットの情報をチェック。 既に「だいち」の打ち上げは成功していて(「だいち」はスパイ衛星ではありません(笑)), livedoor はエラいことになってるらしい。 しかし, まぁ, 「逮捕後に明暗を分けたライブドア関連企業の株価」ってな話もあるくらいだから, 騒いでるのはマスコミと経済アナリストと「ブログ」くらいで世の中は意外に冷静なのかも。 個人的には Opera の時の恨みがあるのでザマミロって感じだが, bloglines で列挙されている記事群を眺めてるとむしろそれらの記事のほうがウザい。 ホント日本人って敗者を叩くのが好きよねぇ。 こんなことで(中長期的に見て)日本経済が沈むのなら, 所詮「日本経済」も「(自称)小泉改革」もその程度の代物だってことだろう。
さて今朝はご飯にチャレンジだ。 体力回復させて明日からまた頑張らなきゃ。
FreshReader のページを眺めてて思ったんだけど, 最近は RSS のアイコン画像に Firefox のアレを使うのが流行りなんだろうか。
そういや「I know.」でも RSS のアイコンをアレにしたとか書いてあったな。 うちでも移転後にはそっちに統一しようかな。
参考:
JAXA 等が開発しているのは μITRON ベースの RTOS。 VxWORKS は言わずと知れた世界で今もっとも信頼性の高い RTOS だ。 火星探査機にも使われているというので「名前くらいは知っている」って人も多いかもしれない。 個人的には国産の宇宙機には国産の OS を乗っけて欲しいと思ったり。 航空・宇宙分野あるいは防衛分野で採用されるっていうのは大きなアピールになるしね。 こういうことを国策としてちゃんと押さえて欲しいもんだ。
しかし, まぁ, OS が乗っけられるほど今はコンピュータリソースに恵まれているんだねぇ... と遠い目をする。
よう分からん。
「PGPよもやま掲示板」でも指摘されているように, 今の PGP は日本固有の文字コードの問題が解決されていない。 まぁ私は既に PGP を捨てたので事実上の問題はないのだけれど。
ん〜, うちのツッコミで Daa さんが予想された通り, 法人をターゲットにした売り込みのよう。 個人ユーザは当面はこれまで通りらしい。
昨日の夕方からまた熱が出だす。 あまりにもしんどかったので帰宅途中でタクシーに乗り換えた。
自宅に帰って熱を測ったらやっぱり38°を超えている。 医者にもらった風邪薬一式としょうが湯でなんとかのりきる。 油断大敵。
「野尻ボード」の記事より。
『おおきなポケット 2006年2月号』の特集らしい。 よく見たら監修があの野田篤司さんではないですか。 なるほど, 納得。
それよりも後半の「はやぶさ」の話でちょっと涙腺が緩んでしまった。 歳をとるとねー。
ハマスについての各国の元首の発言を比べると, どうにも小泉首相のダメさ加減が目立ってしまう。
もう9月まで待たなくていいから, もうちょっと耳障りのいい人に代えてくれない? どうせ誰がやっても同じなんだし。
一週間ぶりくらいに普通に腹が減って目が覚めた。 ようやく治ったかな。
洗濯物もようけ溜まっとるし掃除もせんにゃあ。
軍事(日本では防衛)関係のシステムで何故 FOSS が採用されない(されにくい)のか。 FOSS は「貧困者のためのもの」だから? アホかっつうの。
組み込みをやっている人はよく分かると思うけど, 組み込みソフトウェアでもっとも大事なことは Deviation (逸脱)がないことである。 上記の記事では「良質」が「最も安全で最も信頼性の高い」と同値であるかのように書かれている。 では何を以って「最も安全で最も信頼性の高い」と評価するのか。 それは, 要求仕様からの Deviation がないこと, 設計基準からの Deviation がないこと, 設計プロセスからの Deviation がないこと, 製造プロセスからの Deviation がないこと, 等々である。 これがいわゆる「ハッカー的手法」と決定的に異なる部分だ。 「ハッカー的手法」には事実上 Deviation は存在しない(その代わりバザール型の開発方法を使ってたくさんの目を獲得することにより最終的には欠陥を塞いでいく)。
例えば TCP/IP 通信が必要ないのに TCP/IP プロトコル・スタックが実装されていたら, それは余剰機能であり, 余剰機能は Deviation である。 じゃあ Linux から全ての余剰機能を外したとしよう。 そのとき Linux が期待通りに動作する(つまり Deviation がない)ことをどうやって証明するのか。 もちろんバザール型の手法は使えない。 何故ならその手足をもがれた Linux はひとつの用途にしか使えないからだ。 逆にいうと Deviation のないことが明らかならプロプライエタリ技術だろうが FOSS 品であろうが「買いもの」でかまわないわけだ。
防衛関係はこの辺が特に厳しい。 私は試作品でしか経験がないけど, そりゃあもう大変だった(でも当時「君等はまだ楽なほうだ」とくぎをさされたことがある)。 あの時は OS すら入らなかったけどね。
最近の胸糞悪い(下品でゴメン)マスコミ/ブログ記事群の中でかなり救われる内容。 私には経営センスがないのでこういう記事は絶対に書けないが, 読めばなるほどと納得できる。
ある企業が持っている技術と経営は切り離して考えるべきというのはその通り。 事実市場はそういう視点で動いている。 あの大暴落の引き金を引いてしまった「マネックス証券」ですら関連株については担保価値を戻している (まぁこれもどうかと思うけどね。頻繁に担保価値を変えるなんてのは山師のやり口だよ)。
確かに livedoor のやり方は拙かった。 これはあきらかに「オフサイド」であり何らかの形でペナルティを支払う必要がある。 そしてもしかしたら今後その「オフサイド」をできにくくするような法改正が行われるかもしれない。 が, それだけの話である。 これを時代や世代の話にもっていこうとするから無理がある。 ましてや某野党のように小泉政権の攻撃のネタに使おうなんざダメすぎる。 そんなことしてる暇があったら耐震強度偽装問題のほうをもっと突っ込んでやってくれよ。 議論を分散させるのは相手に隙を与えるだけだ。
もういいかげん「鬼ごっこ」は終わりにしようよ。
どういうわけか「I know.」が昨年11月くらいから中西準子さんのページを更新表示しなくなっていて(巡回はしてるみたいだけど)すっかり忘れていたのだが, いつの間にか「環境ホルモン濫訴事件:中西応援団」というページができているらしい。 訴訟のほうも中西準子さんの反訴という形で新たな展開になっているようだ。
(あっ分かった。サイト内検索のフォームでタグ内の引用符の対応が間違ってるよ。これじゃ読めんか)
この応援団の中心的な役割を果たしているのが「ネット評論と濫訴を考える会」だそうで, あの「水商売ウォッチング」の中の方も参加されているらしい。 科学や環境問題に興味のない人でも, この手の言論の問題については興味のある人もいるかもしれないので, 遅まきながらご紹介。
職場の知り合いが「米食う人々」に出てくる「狂米病」にバカウケしていた。 ただこの話を読むとどうしても中西準子さんの「雑感223-2003.6.30「メチル水銀のリスク(4) キンメダイはscapegoatだと考える理由」」を連想してしまう。
「「危険性は交通事故より低い」 BSEで米いらだち」というニュースに皮肉なコメントもあるようだけど, これは喩えが悪いよな。 それに比べれば「米食う人々」の喩え話のほうが実感がある。 まぁ局長級の人がそんな喩え話をしたらたちまち外交問題になるだろうけど。
米牛肉の問題はもはや政治的なテーマになっていて, そこに「科学っぽさ」を加味することでいかにもまっとうな議論に見せかけているに過ぎない。 これは「専門家不全症」の別の典型例だ。 前回は道徳・宗教と科学がチャンポンになることによって専門家が機能不全になる話だったが, 今回はそれが「政治的な思惑」に変わっただけだ。 どれだけ議論を尽くしても最終的な結論は「政治的判断」のみで行われるのなら, その議論はただの方便だったことになる。