「クリエイティブ・コモンズ」(Creative Commons)は米国の憲法学者Lawrence Lessig 教授などが中心になって運営されているプロジェクトです(1)。「クリエイティブ・コモンズ」では,知的財産権によるコントロールを意図的に制限し残りの部分を「コモンズ(共有地)」に置くことによって様々な創造的活動を支援できると考えています。今のところ「クリエイティブ・コモンズ」の主な活動としては以下のプロジェクトがあります。
「ライセンスプロジェクト」は著作(権)者が著作物に対し権利範囲を設定する煩わしさを軽減するためのWeb上のツールを提供しています。一方「アメリカ建国時代の著作権」はもっと政治的なもので,現存する著作物の著作権の範囲を(主に適用期間について)限定するよう働きかける活動です。米国では著作権の適用期間がほぼ無限大に近い状況になっているため(2),これに対抗する手段として用いられています。「国際的なコモンズ」は「ライセンスプロジェクト」が用意するライセンス・ツールのうち「Legal Code」と呼ばれる部分(後述)を各国の法律等に合わせて「ポーティング」を行う活動です(節[iCommonsとクリエイティブ・コモンズ・ジャパン]参照)。「サイエンス・コモンズ」は科学技術等の特許と関連の深い分野での活動を目的としているようです。
本テキストでは,私達一般の人でも導入が容易な「ライセンスプロジェクト」について簡単に説明します。
ライセンスプロジェクトでは「クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(CCL)」と呼ばれる一連ライセンス(利用許諾条項)を公開しています。CCLでは以下に示す4つの「ライセンス・オプション」の組み合わせによって権利範囲を設定できるようになっています。
ライセンス・オプションの組み合わせは以下の6種類です。
「派生禁止」と「同一条件許諾」は同時に選択できません。またCCL 2.0からは「帰属」は全てのオプションの組み合わせで必須となりました(3)。
ライセンスプロジェクトでは以上の権利の組み合わせを分かりやすく選択できるようにするためのWebアプリケーションを公開しています(4)。このアプリケーションで条件を選択し得られた文言(コード)を著作物に添付すれば完了です。CCLが提供する「コード」は以下に示す3つの部分で構成されています。
本テキストの末尾に帰属ライセンスによるライセンス表記があります。参考にしてください。
CCLで提供されるライセンス・オプションの組み合わせは全部で6通りありますが,全てのオプションで共通な条件があります。
まず大前提として以下の権利はCCLが定める全てのライセンス・オプションによっても侵害されません。
また利用者は著作(権)者に対して以下の条件を要求されます。
逆に利用者は上記の条件に従って利用する限り以下の許可が与えられます。
以上述べた権利のフルセットは
「国際的なコモンズ」に真っ先に参加した国のひとつが日本です。この取り組みは「クリエイティブ・コモンズ・ジャパン(5)」を中心に行われ,2004年3月に日本法準拠版クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(日本版CCL)の公開という形で結実しました(6)。
日本版CCLはできるだけオリジナルのCCLに沿う形で実装が進められてきましたが,日米の法事情の違いもあって完全に同じというわけではありません。文献[4]からいくつか挙げてみます。
日本の著作権法には「著作者人格権」および「実演家人格権」というものがあります(これらを引っくるめて「人格権」と呼ぶこともあります)。人格権は譲渡不可能な権利で著作物に対し表権,氏名表示権,同一性保持権(実演家人格権は氏名表示権,同一性保持権)を有します。
日本版CCLでこの人格権をどのように扱うかについて議論が交わされましたが,最終的には人格権の不行使が明言されることになりました。ただし著作者の名誉・声望を害するような利用については二次的著作物に含めないとしているので,このような利用であれば差し止められる可能性があります。
日本版CCLでは「表明保証条項」は削除されました。「表明保証条項」というのはCCL 1.0において以下の条文で示される内容です。
「表明保証条項」については以前から「ライセンスを設定する著作(権)者へのリスクが大きすぎるのではないか」という批判がありました(文献[10])。このような構成になっているのは英米法の特殊な事情が背景にあるようです。日本版CCLでは「表明保証条項」の代わりに責任制限の条文に損害例示を示すことで表明保証違反の趣旨を説明しています。また同じ理由で「懲罰的損害」も廃止しました。
著作権保護期間は国によってまちまちです。日本では死後50年ですがアメリカでは70年です。また日本には「パブリック・ドメイン」の概念がないため,著作物の保護期間を著作(権)者自身によって意図的にコントロールすることができません。これは同一国内の著作物を利用する場合にはあまり問題になりませんが,他国の著作物を扱う際には注意する必要があります。
その他,オリジナルから変更された点は以下のとおりです。
クリエイティブ・コモンズを中心とした新たな取り組みが世界各地で行われています。その中のいくつかを紹介します。
もともとCCLはソフトウェアについては「対象外」としてきましたが,CCLとGNU GPLを組み合わせたライセンスが提案されています。
再配布を制限する代わりに作品の派生を許可するサンプリング・ライセンスも提案されています。
ただしこのサンプリング・ライセンスは今のところ楽曲コンテンツのみを対象としているようです。
一方,日本ではem-commonsという取り組みが始まっています。これは「バーチャルネット法律娘 真紀奈17歳」さんによるCeM(文献[11])から発展したプロジェクトです。em-commonsはクリエイティブ・コモンズとは独立したプロジェクトですが,サンプリング・ライセンスとは異なり特にコンテンツを限定していません。また日本の同人市場に配慮した設計を目指しているようです。完成すればとてもユニークなライセンスになると思います。
2005年6月,クリエイティブ・コモンズはCC-Wikiライセンスの成果を取り入れたCCPL 2.5を発表しました(7)。新しいバージョンでは帰属表示を指定できるようになりました。これにより,例えばWikiのような不特定多数の参加者で作られるコンテンツを利用する場合でもクレジット表記を簡略化したりできます(8)。
インターネットの登場はクリエイターと消費者との間をつなぐメディアの構造をすっかり変えようとしています。その結果として現在2つの大きな流れが起こっています。ひとつは既存メディアが持っていた権威性が(流通コストの激減により)薄まりクリエイターと消費者が短絡されてしまったこと,もうひとつは(新しいコミュニケーション・ツール/サービスの台頭により)消費者間のコミュニケーションがリッチになってコミュニケーションそのものの著作物性を意識せざるを得なくなってきていること,です。
前者については今だに混乱状態が続いています。既存メディアはそれまで持っていた権威性を維持するため,著作権運用の強化やDRMなどを使った流通チャネルの絞り込みを行おうとしています。またクリエイター側もかつてメディアが行っていた「仕事」の一部を引き受けざるを得なくなり,そのコストは無視できなくなっています。このような状況についてクリエイティブ・コモンズでどの程度の貢献ができるかは未知数です(文献[12]のような主張もあります)。もしかしたらem-commonsのような取り組みの方がうまくいく可能性もありますし,逆に他プロジェクトの成功例をクリエイティブ・コモンズに取り込むようなことも行われるかもしれません。(ライセンス体系を一本化することは利用者にとってメリットがあります。既存のCCLとの整合がとれれば,ですが)
後者については英語圏などではコミュニケーション・ツールやサービスにCCLを組み込むことが一般化しつつあります。CCLを組み込むことで消費者間のコミュニケーションにかかるコストを更に軽減するのみならず,著作物に対する責任分担を明確にすることでツールやサービスの提供者にとっても著作権処理コストを軽減できるメリットがあると思います。ただし,日本ではこのような動きは皆無です。(というより日本のサービスのほとんどは法的な取り扱いがおざなりになっているのが現状ですが)
クリエイターでもない専門家でもない政治家でも官僚でもない普通の私達が自由なコミュニケーションを維持するには,何気なく吐き出す言葉(文章とか)や絵(写真とか落書きとか)や音楽(あるいはただの音声とか)そのものもやはり自由でなければなりません。ネット以前の物理的制約を受けていた頃と違いネットではあらゆる物に手が届きます。著作権も例外ではありません。今のままでは私達のコミュニケーションは著作権という大儀の下に大きな制約を受ける可能性があります。それを回避する手段(のひとつ)がクリエイティブ・コモンズです。難しく考える必要はありません。まずはあなたが何気なくネットに置いている言葉や絵や音楽などに対して「SOME Rights Reserved」を表明するところから始めてください。そして,その文言の意味するところをクリエイティブ・コモンズが行っている活動から感じとってください。
多くの人にクリエイティブ・コモンズを機会に著作権について考えていただき(できれば)賛同し実行していただければ,それは全体で大きな流れになり(刹那的な「お祭り」ではない)本当の意味での「世論」になっていくと思います。
まずクリエイティブ・コモンズおよびそのプロジェクトに対し最大限の敬意を表します。
2005年に文献[4]が出版されました。この文献では「クリエイティブ・コモンズ・ジャパン」を中心に行われた日本版CCLの取り組みについてかなり詳細に書かれています。クリエイティブ・コモンズについて調べるのであればまずこの文献をあたることをお薦めします。他にも「クリエイティブ・コモンズ・ライセンス 日本法対応版ドラフト」や「日本法準拠版FAQ」が参考になると思います。
他に書籍についてはLawrence Lessig 教授による文献[1][2][3]をお薦めします。
その他の資料については以下の「参考文献」を参照してください。これらの優れた資料を公開された方々にも感謝いたします。
[1] | Lawrence Lessig. CODE : インターネットの合法・違法・プライバシー. 翔泳社, 2001. 山形浩生 訳,柏木亮二 訳 |
[2] | Lawrence Lessig. コモンズ : ネット上の所有権強化は技術革新を殺す. 翔泳社, 2002. 山形浩生 訳 |
[3] | Lawrence Lessig. FREE CULTURE : いかに巨大メディアが法をつかって創造性や文化をコントロールするか. 翔泳社, 2004. 山形浩生 訳,守岡桜 訳 |
[4] | クリエイティブ・コモンズ・ジャパン(編). クリエイティブ・コモンズ : デジタル時代の知的財産権. NTT出版(株), 2005. |
[5] | 千田 千映; 白田 秀彰; 神崎 正英. クリエイティブコモンズとは : 著作権を自分でコントロールするための新しいツール. iNTERNET magazine 4. インプレス, 2003. |
[6] | 土屋 大洋; バーチャルネット法律娘 真紀奈+ロージナ茶会; 荒川 靖弘; クリエイティブ・コモンズ・ジャパン. 日本の「クリエイティブ・コモンズ」の可能性. HotWired Japan特集記事 11. HotWired Japan, 2003. |
[7] | バーチャルネット法律娘 真紀奈+ロージナ茶会. ローレンス・レッシグ+Creative Commonsインタビュー. iNTERNET magazine 2. インプレス, 2004. |
[8] | MAT. creative commons 日本語情報. |
[9] | 神崎 正英. クリエイティブ・コモンズのメタデータ. |
[10] | Karl-Friedrich Lenz. 著作権とCreative Commons 実施権. |
[11] | バーチャルネット法律娘 真紀奈. Communitas ex Machina ~創作の場を創出する~. |
[12] | 八田 真行. クリエイティヴ・コモンズに関する悲観的な見解. |
Copyright © 2003-2006 by Yasuhiro (Spiegel) ARAKAWA.
本テキストは, クリエイティブ・コモンズの帰属 2.1 Japan ライセンスの下でライセンスされています。
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