太陽系惑星の新定義

no extension

既に新聞等で大きく報じられているためご存知の方も多いと思いますが, 2006年プラハで開かれた国際天文学連合(IAU; International Astronomical Union)総会において太陽系惑星の新しい定義が議決されました。 これは星座の数を88個に決めた1928年の第3回 IAU 総会以来の大仕事とも言われています。 そこでこの新しい定義について少し詳しく解説してみたいと思います。

まず IAU では天文学者を含む各方面の専門家からなる「惑星定義委員会(PDC; Planet Definition Committee)」をつくり(委員会には国立天文台から渡部潤一助教授も参加しています), 様々な議論を経て, たたき台となる原案を8月16日に公開しました。 この原案については国立天文台アストロ・トピックスに分かりやすい解説があります。

原案のポイントを挙げておきましょう。

  1. 水星から海王星までの8つの惑星を Classical Planet と呼称する。
  2. 冥王星を含む海王星以遠天体(TNO; Trans-Neptunian Object)のうち新しい惑星定義に当てはまるものを Plutons と呼称する。
  3. Classical Planet および Plutons 以外で新しい惑星定義により惑星に昇格した天体を Dwarf Planet と呼称する。
  4. 上記以外の太陽系天体(小惑星(asteroid),惑星以外の TNO,彗星,その他の小天体)を Small Solar System Bodies と呼称する。
  5. これまで使われてきた小惑星(minor planet)という呼称は廃止する。

太陽系の惑星はその組成や軌道要素などから「地球型惑星(Terrestrials)」と「木星型惑星(Jovians)」の2つに分類されることが多いですが, 冥王星はどちらのタイプでもありませんでした。 Plutons という呼び名はその隙間を埋めるものと考えられます(ただし Terrestrials も Jovians も IAU が正式に定めた名前ではありません)。 また「小惑星(minor planet)」という呼び名が廃止されたことも大きいです。 もともと「小惑星(minor planet)」という呼び名は火星と木星の間にある天体群を指すものとして使われ始めたのですが, 定義が曖昧なまま使われていて asteroid だけでなく TNO も「小惑星(minor planet)」に含まれていました。 「小惑星(minor planet)」という呼び名の廃止はそうした曖昧さを排除した結果であると見ることができます。

さて, この原案を元に議論が進められたわけですが, 24日の議決直前までもめにもめたようです。 もめた原因をいくつか挙げてみます。

  • 今回の定義は太陽系以外の恒星系にも当てはめるのか。 連星系や褐色矮(わい)星を含む系はどうするのか。
  • 新しい惑星定義では惑星の形成過程が考慮されていない。 2003UB313 以外にもこの定義に合う天体はいくつかあり惑星の数が増えすぎる可能性がある。
  • Plutons という呼称は似た言葉が他にもあって紛らわしく使いにくい。
  • 連惑星の定義に違和感がある。

焦点はやはり冥王星の処遇をどうするかでした。 決議案は何度か修正されましたが何とか冥王星を「惑星」に含めたいという PDC の思惑が透けて見える感じでした。 冥王星はアメリカ人の科学者が発見した唯一の惑星なので, その辺の政治的思惑があるんじゃないかと勘繰られたりしています。 冥王星を惑星に含めるならどうしても他の TNO も含めざるを得ません。 冥王星・カロン以外で原案の惑星定義を満たす TNO としては昨年話題になった 2003 UB313 が挙げられていますが, 他にもいくつか候補はあります。 例えば2004年に発見された「セドナ」はカロンよりも大きいと考えられています。 また2002年に発見された Quaoar や2004年に発見された Orcus はセレスより大きいと考えられ, 原案の惑星定義を満たす可能性があります。

原案では(発見当時冥王星の衛星と考えられてきた)カロンも惑星になるとあります。 惑星の周りをまわる天体で惑星との共通重心が惑星の外部にあるものは衛星ではなく惑星であると見なしているようです。 つまり冥王星とカロンは連惑星になっているわけです。 しかしこの定義についても多くの異論があるようです。 例えば地球の衛星である月ですが, 潮汐作用によって徐々に(年に3.74cm)地球から遠ざかっています。 じゃあ遠い将来地球-月の共通重心が地球の内部から外れれば月も惑星になるのか, という疑問が涌きます。 しかし実際には, ある天体が衛星か連惑星のひとつかという問題は共通重心だけでなく, 質量比とか回転系における遠心力ポテンシャルとか様々な要素を加味して決まるものだ, という主張もあるようです。

こうした議論を経て最終的な決議案が出されました。 以下に引用します。 (日本語訳は「国立天文台 アストロ・トピックス (232)」を参考にしています)

IAU Resolution: Definition of a Planet in the Solar System (IAU 決議: 太陽系における惑星の定義)

Contemporary observations are changing our understanding of planetary systems, and it is important that our nomenclature for objects reflect our current understanding. This applies, in particular, to the designation 'planets'. The word 'planet' originally described 'wanderers' that were known only as moving lights in the sky. Recent discoveries lead us to create a new definition, which we can make using currently available scientific information. (現代の観測によって惑星系に関する我々の理解は変わりつつあり、我々が用いている天体の名称に新しい理解を反映することが重要となってきた。このことは特に「惑星」に当てはまる。「惑星」という名前は、もともとは天球上をさまようように動く光の点という特徴だけから「惑う星」を意味して使われた。近年相次ぐ発見により、我々は、現在までに得られた科学的な情報に基づいて惑星の新しい定義をすることとした)

RESOLUTION 5A (決議5A)

The IAU therefore resolves that planets and other bodies in our Solar System be defined into three distinct categories in the following way (IAU はここに我々の太陽系に属する惑星及びその他の天体に対して以下の3つの明確な種別を定義する):

  1. A planet1 is a celestial body that (a) is in orbit around the Sun, (b) has sufficient mass for its self-gravity to overcome rigid body forces so that it assumes a hydrostatic equilibrium (nearly round) shape, and (c) has cleared the neighbourhood around its orbit. (planet1 とは、 (a) 太陽の周りを回り、 (b) 十分大きな質量を持つので、自己重力が固体に働く他の種々の力を上回って重力平衡形状(ほとんど球状の形)を有し、 (c) その軌道の近くで他の天体を掃き散らしてしまっている天体である)
  2. A dwarf planet is a celestial body that (a) is in orbit around the Sun, (b) has sufficient mass for its self-gravity to overcome rigid body forces so that it assumes a hydrostatic equilibrium (nearly round) shape2, (c) has not cleared the neighbourhood around its orbit, and (d) is not a satellite. (dwarf planet とは、 (a) 太陽の周りを回り、 (b) 十分大きな質量を持つので、自己重力が固体に働く他の種々の力を上回って重力平衡形状(ほとんど球状の形)を有し2、 (c) その軌道の近くで他の天体を掃き散らしていない天体であり、 (d) 衛星でない天体である。)
  3. All other objects3 orbiting the Sun shall be referred to collectively as "Small Solar System Bodies". (太陽の周りを公転する上記以外の他のすべての天体3 は「Small Solar System Bodies」と総称する)

1The eight planets are: Mercury, Venus, Earth, Mars, Jupiter, Saturn, Uranus, and Neptune. (8つの planet とは、水星、金星、地球、火星、木星、土星、天王星、海王星である)
2An IAU process will be established to assign borderline objects into either dwarf planet and other categories. (基準ぎりぎりの所にある天体を dwarf planet とするか他の種別にするかを決める IAU の手続きが制定されることになる)
3These currently include most of the Solar System asteroids, most Trans-Neptunian Objects (TNOs), comets, and other small bodies. (これらの天体は、小惑星(asteroid)、ほとんどの Trans-Neptunian Object (TNO)、彗星、他の小天体を含む)

RESOLUTION 5B (決議5B)

Insert the word "classical" before the word "planet" in Resolution 5A, Section (1), and footnote 1. Thus reading (5Aの決議 1 の「planet」の前に「classical」を挿入する。つまり):

  1. A classical planet1 is a celestial body . . . (classical planet1 とは . . .)

and

1The eight classical planets are: Mercury, Venus, Earth, Mars, Jupiter, Saturn, Uranus, and Neptune. (8つの classical planet とは、水星、金星、地球、火星、木星、土星、天王星、海王星である)


IAU Resolution: Pluto (IAU 決議: 冥王星)

RESOLUTION 6A (決議6A)

The IAU further resolves (IAU はさらに以下の決議をする):

Pluto is a dwarf planet by the above definition and is recognized as the prototype of a new category of trans-Neptunian objects. (冥王星は上記の定義によって dwarf planet であり、 Trans-Neptunian Object の新しい種族の典型例として認識する)

RESOLUTION 6B (決議6B)

The following sentence is added to Resolution 6A (6Aの決議に加えて次の文を入れる):

This category is to be called "plutonian objects." (この種族を「plutonian objects」と呼ぶ)

原案からの変更点をいくつか挙げてみます。

  • 今回の惑星定義を太陽系天体に限定した。
  • 惑星定義がシンプルかつより厳密になった。
  • 天体の分類もシンプルになり (classical) platent, dwarf planet, Small Solar System Bodies の3つに集約された。
  • セレス,カロン, 2003 UB313 についての記述が削除された。
  • 「Plutons」から「plutonian objects」へ名称変更。

(classical) platent と dwarf planet との最大の違いは 「その軌道の近くで他の天体を掃き散らしてしまって」いるかいないかです。 これは惑星の形成過程を考慮した条件のようです。 セレスや(冥王星等の) TNO はこの点で (classical) platent になれません。 またセレス,カロン, 2003 UB313 についての記述が削除されたのも見逃せません。 これらの天体については今後の議論で, ということなのでしょう。 (おそらく dwarf planet に数えられることになると思いますが)

採決は 5A, 6B, 6A, 6B それぞれで行われました。 結果 5A と 6A は可決されましたが 5B, 6B は否決されました。 すなわち「classical platent」および「plutonian objects」という名称は使わないことになります。

今後ですが, 今回の議決で新たに定義された言葉を翻訳する作業があります。 もう一度新たに定義された言葉を挙げておきましょう。

  • planet
  • dwarf planet
  • Small Solar System Bodies

planet は今後もそのまま「惑星」があてられるでしょう。 余談ですが, 「惑星」という言葉は日本で作られた造語らしいです。 『天文月報』2000年12月号の「20世紀の落日を浴びて」(斉藤国治 著)によると, この言葉は長崎の通詞であった本木良永(1735-94)という人が造ったようです。 dwarf planet には今のところ「矮惑星」をあてているところが多いようです。 「"dwarf"は「普通より小さい」という意味の英単語ですから、"dwarf planet"をなじみのある日本語にすれば「小惑星」に」という意見もあるようですが, 「小惑星」という語は既に濫用されている(かつての minor planet も asteroid も日本語では「小惑星」と呼ばれている)ので微妙なところです。 Small Solar System Bodies には「太陽系小天体」といった語をあてている人もいます。

ところで Trans-Neptunian Object (TNO)は最近の天文学の話題ではよく使われる語です。 国立天文台のアストロ・トピックスでは「トランス・ネプチュニアン天体」とそのままカタカナにしていますが, メディアによっては「海王星以遠天体」と書いてるところもあります。 ちなみに TNO はエッジワース・カイパーベルト天体(EKBO; Edgeworth-Kuiper Belt Object)を含みます。

和名が決まれば次は教科書や『理科年表』等の改訂作業が待っています。 来年度に間に合わせるとなると日程的にかなりきついのではないかと思いますが, どうなりますやら。(教科書は2008年度以降に対応するようです)

今回の惑星再定義は私たちの中で長年染み付いてきた「通念」を書き換える作業だと言えます。 冥王星が発見されたのは1930年ですが, 私たちは既に「太陽系の9つの惑星」「水金地火木土天海冥」などというフレーズが頭に染み付いています。 PDC がぎりぎりまで惑星から冥王星を外すことができなかったのも, これまでの「通念」を拭いきれなかったからだと思います。 故に今回の作業は「星座の数を88個に決めた以来の大仕事」と言われるのでしょう。 新しい定義が人々の間で定着するまでにはもう少し時間がかかると思います。

「理性が最良の選択をした」という見方が結構多いように見受けますが, 私はそれは少し違うと思います。 近年観測技術は飛躍的に向上しています。 惑星再定義はそうした背景の元で積みあがった沢山の科学的事実(ファクト)によって必然的におこったものだと思います。 とはいえ今回の惑星再定義もなお曖昧な部分を残しています。 例えば太陽系以外の星系については今回の定義を適用できません(参考にはされるでしょうが)。 また惑星と衛星の違いについても曖昧な部分を残しています。 しかしこれらについても更なるファクトの積み上げによって新たな知見が得られることでしょう。 そして得られた知見はいつの日か別の「再定義」によって私たち一般の人にももたらされる筈です。

科学は新たなファクトによって常に書き換わります。 しかし一般の人の「通念」を覆すほどの書き換えはめったに起こることではありません。 このような大きなイベントに立ち会うことができたのは本当に幸運だと思います。 皆さんもこの機会に宇宙のこと太陽系のことについて奥深さ雑多さを感じていただければと思います。

参考: