『ウェブ進化論』 -- 進化の恩恵を受けるのは何なのか

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ウェブ進化論
ウェブ進化論
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梅田 望夫著
筑摩書房 (2006.2)
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『ウェブ進化論』は梅田望夫さんの文章がまとめて読めるお得な本です。 でも現時点で内容を評価するのは難しいかもしれません。 この本が本当に評価されるには今起こっている諸々の出来事が「歴史的事実」となるまで待たなければならないでしょう。 この本に書かれている「大変化」とはそれくらいのタイム・スケールなのです。 ここでは私がこの本『ウェブ進化論』を読んで感じたことをいくつか書いてみます。 まぁちょっとした読書感想文ですね。

『ウェブ進化論』では「技術革新」が「大変化」の重要な要因のひとつとして挙げられています。 これは Web 上で公開されている記事から一貫しています。 しかし私はこの点についてどうしても違和感を感じてしまいます。

『ウェブ進化論』における「技術革新」の中心には Google という企業がいます。 これについては異論はありません。 Google が提供している(しようとしている)のは増殖し続ける超巨大なメモリ空間とその上で動くツール群であり, それはインターネットそのものをプラットフォームにする OS であると考えることができます (例えば Google の検索サービスは次世代のファイルシステムとみなせます)。 確かにこんなものを構築してしまった Google は化け物のように凄い企業です。 おそらく Google がこの技術を以って「次の10年」を牽引していくことは間違いないでしょう。 しかしそれと(巷でトレンドな)「Web 2.0」とは異なるレイヤの話です。 「Web 2.0」を支えているのはプラットフォームの上位レイヤにある「プロファイル」とでも言うべきものです。

Java 2 Layers

ここでいう「プロファイル」というのは Java プラットフォームからの連想です。 この図は随分昔に私が社内向けに作ったもので, 今とは違っているかもしれませんが大体のイメージはつかめると思います。 この図で喩えるのなら Google が提供しているのは VM からせいぜい Configuration まで。 「Web 2.0」はその上のレイヤであるということです。 もちろん, Microsoft がそうだったように, Google が今後も「インターネット OS」を牛耳る立場をキープしている限り何事も Google に有利に働くわけですが。

つまり今は大きく2つの競争が始まっていると考えるべきでしょう。 ひとつは「インターネット OS」という名の覇権を手にする競争(今のところは Google が絶対的に有利), もうひとつはその上位で行われているプロファイルをめぐる競争です。 「Web 2.0」は後者の相(Phase)のひとつと言えると思いますが, これは「技術革新」というより「技術の再配分」とでも言うべきものです。

実際「Web 2.0」の要素技術といわれているものに目新しいものはひとつもありません。 私は1999年頃から2003年頃まで主に企業向けの Web アプリケーションの開発に参加していましたが, 内製品とはいえ既に AJAX などに相当するものは存在していましたし, それらを効率的に扱うためのフレームワークもできていました。 私たちプログラマの仕事は既にある設計に基づいてフレームワーク上のソフトウェア部品同士を繋ぐことでした。 それはまるで子供が組立図を基に電子ブロックを並べて遊んでいるようなもので, 慣れてしまえば実に退屈な作業だったのです。 このとき漠然と「これがプログラミングだというのならプログラマという職業はいらなくなるな」と思っていましたが, 確信に変わったのはネット上にある梅田望夫さんの文章を読むようになってからです。

物凄く端折って言うと, 技術面における「Web 2.0」とはソフトウェア技術をプログラマから解放する運動です。 もっと端折るならプログラミングの大衆化と言ってもいいかもしれません。 かつてフリーソフトウェア運動はソースコードを(それを独占する)企業から自由にしましたが, プログラマ(あるいはもっと広くプロシューマ)のものであることには変わりありませんでした。 プログラミング技術など持たない普通の人は, プログラマが(自分が欲しいと思う)ソフトウェアを作ってくれるのをひたすらに祈り(時には脅して)待ち続けるしかありませんでした。 「オープンソース・コミュニティ」というのはプロシューマにとっては開かれた空間ですが, ソフトウェアを使うだけの人にとってはやはり伽藍の中の存在なのです。 「Web 2.0」はこのような状況をぶち壊す可能性を秘めています。 ただし, それはあくまでも可能性のひとつです。 私のようなやくざなプログラマが職を失い, ソフトウェア技術が本当にそれを必要としているアイデアを持った人に届くようになったときに何が起こるか(あるいは何も起こらないか)はこれから分かってくることだと思います。 それが「本当の大変化はこれから始まる」という言葉の真の意味だと思うのです。