太陽系惑星の定義: 日本学術会議の見解(第一報告)

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昨年夏, 国際天文学連合(IAU; International Astronomical Union)総会において太陽系惑星の新しい定義が採択されました。 これを受けて日本でも新しい定義に基づく天体の名称(和名)等が検討されています。

まず, 太陽系惑星の新しい定義については以下の拙文を参照してください。 (かなり私見が入ってますが状況の把握にはなるでしょう)

この決議では以下の語について新しい定義が与えられました。

  • planet
  • dwarf planet
  • Small Solar System Bodies

planet (惑星)以外はまったく新しく登場した名前です。 日本学術会議ではこれらの新語について和名を当てる作業がまずあります。 この作業に関する最初の報告がリリースされました。

日本学術会議による報告は今回のものを含めて3部構成になっているようで, 今回の第一報告では新しい概念や名称について説明し, 第二報告では第一報告に基づいて新しい太陽系モデルの提示を, 更に第三報告では第二報告で示した太陽系モデルを基に IAU に対し要望を行っていくとあります。

早速, 第一報告の中身を見ていきましょう。 まず冒頭において

「第26 回IAU 総会において決議された惑星の定義が、天文学の最新の知見を反映した、基本的に妥当なものであることを、確認するものである。 また、いわゆるTNO の一つとして冥王星を位置付けることも、適切な科学的認識に基づく重要な合意であると、評価する。」

とあり, ひとまず昨年の IAU 総会の決議を支持しています。 TNO (Trans-Neptunian Object)というのはその名のとおり海王星より遠くにある太陽系天体のことで, 冥王星やエッジワース・カイパーベルト天体(EKBO; Edgeworth-Kuiper Belt Object)を含む天体群を指します。

続けて報告では

「同時に、引き続く太陽系外縁部の新天体の発見によって、私たちの太陽系がこれまで知られていたよりはるかに大きいことが明確になり、太陽系の起源の理解がめざましく進んでいることが、専門家のみならず、社会においても教育の場でも広く認識されることが、極めて重要と考える。」

とあり, 今回の惑星再定義が学術的な意義にとどまらず広く社会に対して新しい科学の知見を示す重要なものであると書いています。 ここは大事なポイントです。 多くのマスメディアは今回の再定義を(意図的に?)矮小化されたイメージで語っていますが, これは冥王星の処遇をどうするかとかいったレベルの話ではないということです。

ではそろそろ各論を見てみましょうか。

まず dwarf planet について。 先ほどの冒頭の文章とはうってかわって, かなり辛らつな評価を下しています。 定義についてあいまいさを残してしまったこと, 更に太陽系形成論への考慮がなく天体の分類とその性格との間に乖離が生じていることを指摘しています。 もう少しぶっちゃけて言うなら, 一口に dwarf planet といってもその成り立ちなどによって様々な天体があり, そこを無視するのは拙いだろうということです。 そして dwarf planet の中身にまで踏み込んで理解するのは日本の(高校までの)学校教育レベルを超えるという判断のようです。 そのため

「少なくとも適切な概念整理が進むまでの当面の間は、学校教育をはじめ社会一般においては、この用語・概念を積極的に使用することは推奨しない」

としています。 専門家はおそらく dwarf planet といった科学的に曖昧な定義は使わないでしょうから, そうなると「誰も使うな」と言ってるのに等しいと思うのですが...

そうそう, dwarf planet の和名としては「準惑星」を推奨しているようです。 暫定的に用いられている「矮惑星」は推奨しないとか。 dwarf planet は単に大きさから分類されるものではないので, この判断は妥当だと思います。 一方, Small Solar System Bodies の和名については「太陽系小天体」を推奨しているようです。 ただし dwarf planet について上記のような否定的な評価を下している以上 Small Solar System Bodies についても積極的に肯定できず,

「「小惑星」「彗星」等現在使われている用語との関係も含めて将来整理されることを念頭に置きながら(中略)当面の使用に適した和名を付与するべきである」

などと取って付けたような理由を付記しています。

更に第一報告では TNO についても言及しています。 IAU の決議でも言葉自体は出てきていましたが(もともとの原案には含まれていました), あくまで「通称」として用いています。 第一報告ではこれらの通称に「太陽系外縁天体」という和名を与え, 更にそのサブグループとして冥王星を含む(おそらく EKBO を指す?)天体群に対して「冥王星型天体」という語をあてることを提案しています。

「太陽系惑星の新定義」でも少し言及していますが) もともと太陽系惑星はその組成や軌道要素などから「地球型惑星(Terrestrials)」と「木星型惑星(Jovians)」の2つに分類されることが多いですが, 冥王星や EKBO はどちらにも含まれていませんでした。 「冥王星型天体」はその隙間を埋めるものだと推測できますが, 「地球型惑星」も「木星型惑星」も IAU で正式に認められた語ではなく通称でしかありません。 個人的な見解ですが「冥王星型天体」を定義として盛り込むのはバランスを欠いているようにも思えます。 (まぁこの辺は第二報告ではっきりするとは思いますが)

一方, 「太陽系外縁天体」という概念を導入するのには賛成です。 ただ「外縁」という語の持つイメージと実際の(今知られている)太陽系のイメージと比較すると, これもバランス的に変な感じです。 私たちがこれまで認識していた9つ(新定義では8つ)の惑星の占める位置は(太陽系全体と比較すれば)太陽のごくごく近傍にすぎません。 「太陽系外縁天体」という語はそうした太陽系の実像(と私たちが現在思っているもの)を歪めてしまうおそれがあります。 (とはいえ「太陽系外縁」という言い回しは普通にしますけど)

第一報告を読んだ全体の感想としては, 専門家の間で dwarf planet の扱いに困っているという印象です。 おそらくポイントは2つあって, ひとつは冥王星を含む TNO (もしくは TNO 由来の天体)をどう扱っていくかということと, (TNO 以外で)これまで「小惑星」と十把一絡げに呼んでいた天体群をどう分類していくか, ということだと思いますが, 残念ながら昨年採択された新定義ではこれらの要請に応えることができません。 そこへきて更に dwarf planet なる科学的に曖昧な分類条件を突きつけられているのですから, まぁ傍で見ていても同情したくなる部分はあります。 そういう意味では報告を3つに分けて, 新しい知見に基づく太陽系モデルをまず提示していくという日本学術会議のアプローチは悪くないと思います。

しかし第一報告だけを読む限り厳密な天体分類にこだわるあまり 「専門家のみならず,社会においても教育の場でも広く認識される」 という大儀から外れつつあるようにも見えます。 たとえば 「dwarf planet の概念は、高校までの学校教育に必要なレベルを超える」 とありますが, それに代わる太陽系モデルが厳密さを追求するあまり複雑になりすぎて中高生に理解できないのなら同じことです。

専門家同士であればファクト(科学的事実)に基づいた議論が成立していれば言葉の定義にたいした意味はないのかもしれません。 しかし専門家でない私たちはファクトではなく通念で物事を理解しています。 広く社会に認識されることを求めるのならば, これまでの通念を打ち破る(多少厳密さを犠牲にしても)強い言葉が必要です。 日本学術会議の今後の報告では私たち一般の人でも納得できる内容が出てくることを期待します。

参考: