P3 お試し中
最近 Twitter 界隈でチラホラ聞く P3。 何かと思ったら Java で組んだ Twitter クライアントだった。 Twitter 専用クライアントは既に色々出回っているし, IRC クライアントにつなげるゲートウェイもあるし, もちろん IM へも流せるわけだけど, ユーザインタフェースは悪くないし, 面白そうなのでしばらく使ってみることにした。 以下, 関連する記事。
個人的にはリストにアイコンを表示させて(これで未読マークが見えなくなる)リスト高を48以上(つまり複数行表示)にするのがいい感じ。 私は24時間マシンを立ち上げっぱなしでアプリケーションも起動させっぱなしの「ぱなし君」なので, その負荷に P3 がどこまで耐えられるかが肝かな。
道具というのは人によって使い方が異なるのが普通だし, そこに投影される「意味」も異なってしかるべきだと思うけど, 私の場合, Twitter は過去に遡って見るようなもんじゃないんだよね。 この傾向は最近ケータイから m.twitter.com を利用するようになって更に強まった。 それは例えば, ひとりで喫茶店とか居酒屋とかに入って周りの客のおしゃべりを聞くとはなしに聞いてるような感覚。 ワッチですらない状態。 でもそこからワッチ状態にも会話状態にも遷移できる, あるいは逆にいつでもドロップ・アウトできるアクティブ・スタンバイ状態。 それが私にとっての Twitter。 だから 「Mixiもいい加減ツラいがTwitterは本格的にツラい」 なんてことには絶対にならなかったりする。 そのためには Twitter クライアントは限りなく透明に近い存在感であったほうがいい。 例えば朝の(放送は流れているけど)誰も見ない TV 番組のように。 P3 がそういう道具になれるかどうかはきっとこれから分かる。
ちなみにこれは, いわゆる 「繋がりの社会性」 とは多分違う。 「繋がりの社会性」 は繋がっていることが既定状態になってしまったネットワークの中で「繋がっている」ことに確信が得られず, その隙間を埋めるために繋がりの強度に Addict してしまう状況を指す(ってな事を昔書いた)。 例えば「返信しないと友達じゃない」みたいな話。 Twitter はそういったものとは一線を隔す道具になる可能性がある。 (って, まぁ例によって私の気のせいかもしれないけど。 最初に書いたように, 道具の使い方やそこに投影される意味は人によって違うものだしねぇ)