時刻系の話: 閏秒ができるまで - 原子時系と閏秒

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これまで説明してきた時刻系は全て天文観測によって導かれたものでした。 しかし20世紀半ばに原子時計が登場し状況は一変します。

詳しい原理はここでは割愛しますが,原子時計は特定の原子から放出される特定の電磁波(スペクトル線)の周波数(振動数)を観測することで「時間」を取得するものです。原子スペクトルについて研究の結果,スペクトル線が強く安定したものとしてアンモニア(実は分子),セシウム,タリウム,ルビジウム等を使った時計が考案されました。原子時計の特徴はなんと言ってもそのずば抜けた精度です。 前回,暦表時の精度を「0.004 秒程度が限界」と言いました。原子時計の精度は10マイナス13乗にも達します。

当然のことながら,こうなるとこれまで天文観測によって決めていた1秒の長さを原子時計によって決め直そうという動きがおこります。これについては「原子時計を基準として使うのは本当に妥当か」とか「基準とする原子時計をどのように設計するか」など様々な議論が行われました。その結果, 1967年10月にパリで開催された世界度量衡総会で以下のような決議がなされました。

「セシウム133原子の基底状態における2つの超微細準位(F=4, M=0 および F=3, M=0)の間の遷移に対応する放射の周期の9,192,631,770倍を1秒とする」

簡単に言うとセシウム原子時計を「1秒」の基準として使おうというということになったのです。ここでいう「1秒」は当時の暦表時の1秒とできるだけ一致するように決められました。 1秒が決定すればこれまでと同じ方法で分・時... と決めていくことができます。

さて,原子時計によって得られるのは「時刻」ではなく「時間」です。時刻を決めるためには「時間」の他に時刻の「原点」を設定する必要があります。そこで原点として 1958年 1月1日 0時0分0秒 UT2 を定めました。この原点から先程の時間を積算していくのが「原子時(atmic time)」の基本となりました。

原理的には原子時の値はどの原子時計でも同じになる筈ですが,実際には様々な条件によってわずかに進み遅れが生じます。そこで世界各国で保有しているもっとも精度の高いセシウム原子時計(周波数一次標準)の原子時をパリの国際時報局(BIH)で集約し精度の高い最終原子時を決定しています。これが「国際原子時(international atomic time: TAI)」です。

こうして1958年初めに UT2 と TAI を一致させて運用され始めましたが,徐々に両者にギャップが生じるようになりました。理由は前回説明した内容と同じです。原子時の時間は一定で正確ですが私達の生活の基準となる時刻は原子時ではなく世界時です。一方,世界時は天文観測によって決定されるため事前の予測ができないという不便さがあります。そこで「原子時でありながらなるべく世界時と一致した原子時系」を探すことになりました。まず考えられたのは,原子時の1秒に周波数オフセットをかけ,ほんの少し(2億分の3秒程度)短い「偽の1秒」を作って UT2 に合わせる方法でした。これは「協定世界時(coordinated universal time: UTC)」と呼ばれました(今の UTC とは異なります)。当時はこの方法で UT2 と UTC のギャップを 0.1秒以内にできると考えられていました。しかし実際には地球の自転速度が不規則なこともあってうまくいきませんでした。次に考えられたのは 1秒の長さは TAI と全く同じで「閏秒」を適宜挿入することによって UT とのギャップを無くすものでした。これが現在の UTC です。

UTC の1秒を TAI と同じにしたため, UTC と TAI の差は常に1秒の整数倍になります。 UTC と比較する UT は UT2 から UT1 に変更になり UTC と UT1 の差は0.9秒以内と決められました。現在の UTC は1972年1月1日から運用されています。 1972年1月1日時点で UTC と TAI の差は10秒,来年2006年1月1日時点で差は33秒になります。

さて次回は最終章,力学時系の登場です。力学時系は1984年で変更された新しい暦計算システムで登場した時刻系です。力学時系の登場により暦表時系は廃止されることになります。